空のあおさに 私のあおさに

本日は、、テレビの受け売りですが約二年半ぶりの部分日食で御座いました。話を知っていた私も例に漏れず、試しに空を見上げました。しかしながら直接お天道様を拝むのはこの私には刺激が強すぎた様でしたので、しかたなしに違う方向を見たら、真っ青のお空に飛行機が飛んでいるではありませんか。そこで私はこう思いました。「あらあら、飛行機が欠けた太陽の修理に向かっているようだわ」と。

悲しいかな、悲しいかな。私はこのような妄想の類や節が心にぽっと浮かぶのですが、それを決して外に出したり致しません。人によっては、、、害とまでは申しませんが、とりたて快いものでもないようですので。いや、人によってと申しますより、それを言うことによって私自身が「馬鹿じゃない?」の一言を浴びせられるのを恐れているのかもしれません。今回は特に綺麗な節であった故、余計の事で御座います。何と悲しいことでしょう。

年甲斐もなく、という言葉が御座いますが、人の成長というものは決して同じスピードでなく、また年齢や身体的特徴に比例するものではなく、年甲斐というものの基準自体も私にとっては疑問が多々あるところで御座います。

何か己の大切な部分を外に出すことで、必ず何らかの基準と比較される。全てがそうではないけれど、されがちである。そんな悲しいこの時勢に、私が己の中身を外に輩出することは、決して排出することではない、と。そう言いたかったりするので御座います。まぁそれも、此処に記すのみではありますが。どちらも青いままがよいのではないかと、そんな風に思う今日この頃で御座います。